ヱビス?」
アンダマンだよ。
「何ですか、それは」
オレもよく知らねえんだ、とママが首を振り、アンダマンというのはベンガル湾に浮かぶインドの島だ、とセラ義が答えた。
「そこで作っているビールなんですか?」
正確にはアンダマン諸島のケチャという島で作ってるんだ。
「有名なメーカーなんですか?」
メーカーなんてものはない、アンダマンは人類学上貴重な島で、なぜかと言えばアフリカン・ニグロが原住民としていくつかの島に住んでいるからだ、彼らは奴隷として移り住んだニグロを除けば、アフリカ以外で唯一そのアンダマンに生息していて、人類学上の謎とされている、これと似た例としてはフィリピンピグミーだけだが、アンダマンのニグロは今だに文明社会を拒否し、原始的な狩猟採集生活を送っている、彼らの写真としては、カメラに向ってヤリを投げているのが一枚あるだけで詳しいことは何もわかっていない。
「それがビールとどんな関係があるんですか?」
そのケチャ島の警備に当たったアイルランド人が島の探索を命じられたのだが、ニグロと衝突して何人か死んだりした、そこでアイルランド人はグレートブリテンに対する反発もあって、そのうさを晴らすためにアイルランド本国からビールの発酵機材とホップを取り寄せビルマから小麦を買って、ビールを作り始めたんだ、クイニクという名前の少佐がその指揮をとった、クイニクの一族はあの有名なバスという黒ビールの製造にも関与する世界で有数のピール作りの名人だった、北ビルマの小麦が良質だったので、ケチャ島のビールはグレートブリテンがインドで作ったブラックラベルをはるかにしのぐ絶品となって全世界のビール愛好者の垂涎のまととなったんだ。
「今でも作ってるわけ?」
お前はアホか、今、ケチャにアイルランド人なんかいるわけないだろ?
「じゃあ、どうして」
IRAは、資金集めのために、四年に一度、サッカーのワールドカップと時を合わせて、工作員をケチャに送り、昔ながらの製造法でビールを作るんだ、全部で八百本くらいかな。

村上龍超電導ナイトクラブ」)