菊地成孔「次の東京オリンピックが来てしまう前に」

次の東京オリンピックが来てしまう前に

  • ウェブマガジン「ヒルズ・ライフ・デイリー」に2017年4月から2020年7月まで連載されたものの書籍化。
  • 「本書は後半になるにつれ、リベラリストと一般大衆(氏曰くヒステリックな民)に対する苛立ちと嘲笑めいたDISが目につくようになる。菊地氏は、アイロニーと笑い、そして哄笑の人だった。それがいつからか、怒りと苛立ちと嘲笑の人になってしまったかのようだ。一概に誰が悪いという話でもないのだろうが、それでもやっぱり、そのことが少しだけ悲しい」という木澤佐登志がレヴューで語った傾向は、本人も「<都会的で洒落た>感覚から<手酷い世相へのアジテート>感覚への移行」と語るとおり。
  • インタヴューでも「実際オリンピックが近づいてきてしまうと、予想だにしていなかったCOVID-19という問題がかかわってきて、結果としてこのオリンピックが延期された。ぼくの希望としては、オリンピックがつつがなく開催されたほうがよかったんです。つつがなく開催されて、経済効果が出ずに大負け、大赤字になって終わる。競技は別として、いわゆるオリンピックの経済効果だとかインバウンドだと言ってきた人たちが、大コケする。そういう話になるはずのオリンピックが思わぬ方向にズレてしまったので、『次の東京オリンピックが来てしまう前に』はどうしてもドラマトゥルギーというか、ドラマ的に、後半部分がシリアスになりすぎてしまった」、「『オリンピックかあ、どうせ酷えことになるんだろうな』と思いながら街遊びをしていた書き手も、COVIDの軍門に下った。これは負け戦の本です」と本人も語っていますが、もうひとつドナルド・トランプ政権誕生とその評価も大きいファクター。以前からのSNSへの呪詛に加えて、現行リベラル(「ネトリベ」)への嫌悪感が剥き出しに。
  • その昔、「『戦争イヤだ』しか言わない人は、端的に言って物凄く下品だと思います。自分が下品だと言う事が解ってない下品は最下品です。『戦争大好き。早く死にたい』という人も、確かにゼロではないが、ほとんどいないわけなんで、要するに『戦争イヤだ』っていうのは、『セックスしたい』『お金が欲しい』とプラカードに書いて、国会の前で絶叫している様なものです」と書いていたのも印象に残っていますが、本書でも「事を『戦局』と考えた場合、だが、『今は何も断言できない』という判断保留、思考停止が求められる局面は不可避的、不連続的に起こる。指揮官から最下位兵まで、全員が『何が起きているかわかっていない』『どうすべきか、という展望を完全に失っている』という状況を、筆者は、耐え難い苦境であるとは全く思わない」という冷静で現実的な認識が印象的だった。
  • 「苛立つ愚者たちの黒い群れ(T・S・エリオット)」という格好良い引用に原典が見当たりませんが、菊地成孔諧謔なんだろうか。
  • 「特にお腹も空いていなくて、なんとなく満ち足りてボヤッとしてる人が、ボヤッと読んで、『気が利いてるな、これは』と思えることを、3年間続けたかったなと思うんです」という「薬にも毒にもならない、洒落た都会的なエッセイ」としては、うなぎと山椒の話、低温調理の焼肉屋と熱伝導アイスクリームスプーンなどはやはり他では得難い味わいがあって好き。
  • 川島小鳥の表紙写真も良い。飛鳥ホテルと損保ジャパン本社ビルの位置関係から新大久保辺りかなと想像しますが、飛鳥ホテルは2013年に解体済みのよう。いつの写真なんだろうか。