デイヴィッド・リッツ 「マーヴィン・ゲイ物語−引き裂かれたソウル」

マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル (P‐Vine BOOKs)

  • 2年前の発売直後に買ってホクホクとしていたのですが、楽しみすぎて着手できなかったパターンの1冊。今夏は軽いものばかり読んでいたので、少し涼しくなってきたこの時期に、2段組の本作を読もうという気になりました。
  • グッときたマーヴィン・ゲイ語録。
    • 「僕にはそれができたとも思うが、だが、僕の役目じゃないとも思っていた。僕の役目は歌うことだ。でも、何年も後にボブ・マーリーが出てきたとき、両方できることを知った。彼の音楽は政治的なチェンジ(変革)を引き起こした。だから彼は歴史のなかで重要な位置にいるんだ」
    • 「僕は誰でも歌えるという哲学を持っているんだ。しゃべることができる人間は誰でも歌える」
    • 「僕のルックスと声は、僕が1番頼りにできるふたつのものだ。これ以外に僕がこの業界で生き残れるものはあると思うかい?」
    • 「僕はただひらすらに自分の信念を音楽に込め、その力で心を癒せるようにするだけだ」
  • 知らなかった事実や興味深い証言など。
    • 「彼のデビュー作はゲイが正式に名前のスペルに『e』を付けた初めてのアルバムだ。父親との距離感を持とうとする彼は、このたった一文字がある種のクラス(品格)を醸しだすものとみていた。『サム・クックSam Cooke)がまったく同じことをやっていたことを知っていた。サムはうまくいったんだから、僕もうまくいくだろう?』と彼は言った」
    • 「ジャニスの父はスリム・ゲイラード」で「そのとき、僕は33歳で50歳の女性と結婚していたんだ。これってすごくないか?僕の妻は僕よりも17歳年上で、この女の子は、僕よりも17歳若いんだよ」
    • 「彼は母親に『セクシュアル・ヒーリング』に続く新曲のタイトルは『サンクティファイド・プッシー(聖なる陰部)』だと言ったのだ。マーヴィンによれば、母はその考えに仰天し、そんな新曲は聴かないと言い放った」
    • (「ダイアナ&マーヴィン」について)「かなり緊張感が張り詰めていたよ。マーヴはだらだらしていて、ワインをすすり、マリファナを吸って、やっと歌入れに臨んだ。ダイアナはもっときちんとしていた。そして、踏んだり蹴ったりだったのが、彼が彼女よりうまく歌ってしまったことだ。彼女は彼についていけず、結局それぞれが自分のパートを別れて録音することになった」(アート・スチュワート)
    • (「レッツ・ゲット・イット・オン」について)「マーヴィンは、歌うとき実力の80パーセントしか出さないと非難されてきた。彼には才能があふれているから、それでも許されたんだな。マーヴィンは努力するのが好きなアーティストではない。だがこの夜、ジャンが聴いているとき、彼は100パーセントを出し切っていた。『レッツ・ゲット・イット・オン』を聴いてみなさい。僕の言わんとすることがよくわかるだろう」(カーティス・ショー)
    • (「ガット・トゥ・ギヴ・イット・アップ」について)「これはマーヴィンがスタジオで友達と遊んでいるうちにできたものだ。マーヴィンはそのとき軽いパーティー・ムードだった。アートは気転で、その様子をテープに録音したのだ」「彼はとてもダンサブルに思えるリフを生み出した。彼は半分飲みかけのグレープフルーツ・ジュースのボトルを、狂ったように叩いてリズムを刻んだ。そんなものも録音しておいたんだ。あるとき『ソウル・トレイン』のホストであるドン・コーネリアスがやってきて、マーヴィンが叫んだ。『セイ、ドン!』それも残したよ。マーヴィンは僕がなにをやっているのか、よくわからないでいた。でも彼は僕が曲の要素をひとつひとつまとめあげるのを勝手にやらせてくれた」
  • 死後ポツポツと出てくるライヴ音源がどれもつまらないのも、これほどのライヴ嫌い(「カーテンが上がる直前まで、プレッシャーに耐えられない、ライヴは大嫌いだと叫んでいたわ」(シーラ・E))なら致し方がないと、心の底から納得しました。オーソドックスなソウル・シンガーのイメージとは程遠い。
  • そんなステージ嫌いが、(ブラック・シナトラを志向していたにもかかわらず)ステージ上で下着1枚の姿を晒して自滅していくのですから、巻末の写真には深く胸が痛みます。
  • ハワイからヨーロッパにいたる逃亡生活時代についてはほとんど予備知識がなかったので極めて興味深かったです(逃亡生活のスタートはなんと日本公演)。
  • その逃亡生活とボロボロの最晩年に挟まれているベルギー時代は、フレディー・クーサートが天使に見えて、やはりジンときます。「海は本当に気持ちがいい。人生はシンプルで、穏やかだ。僕にものすごく多くの幸福を与えてくれる」などと穏やかなことを言いながらコカインは断てておらず、恩人ラーキン・アーノルドにも「なんで、ラーキンは僕が業界ナンバー1の値段で移籍しなかったことを世界に言いふらすんだ?顔に泥を塗られたようなもんだよ」と言う、この振れ幅、弱さ、ダメさに泣けてきます。
  • 翻訳については完全に素人レベル。細部を疎かにするから全体が意味不明になっていくのか、大意が掴めていないから細部の詰めが甘くなるのか、何回か読み返しても意味不明なパラグラフが多すぎます。アンディー・プライスとシュガー・レイ・レナードの件など、何回読んでも腑に落ちないので調べてみたところ、そもそも勝敗が間違っていました(原文から間違っている可能性はゼロではありませんが)。
  • 本書がきっかけでマーヴィン・ゲイに興味を持つ、という程の完結した作品としてのパワーはないように思いますが、ファンであれば、翻訳の瑕疵は脳内補正しつつ、グイグイと興味深く読めます。満足。