大崎善生「将棋の子」

将棋の子 (講談社文庫)

  • 「聖の青春」の著者が書いた奨励会のルポ。かなり前に購入してあったものですが、家庭内人口密度が高くて思ったほど読書が捗らない自宅待機に業を煮やし、リーダビリティが高そうな本作を手に。
  • 紙一重で奇跡的に四段に昇段できた中座真木村一基王位の名前も出てくる)や岡崎洋の姿にも痺れますが、主軸は昇段ならず退会していった敗残組。ノイローゼになって奄美大島に逃れた関口勝男(退会して将棋連盟事務員に)、退会後もがきにもがいて司法書士に合格した米谷和典、梅田で連夜のストリートファイトの後に赤井英和の付き人になった加藤昌彦、飄々と世界を放浪する将棋世界チャンプ・江越克将等、退会の挫折をうまく飲み込めずに生きていく姿にヒリヒリとします。
  • あてどなく新宿将棋センターで将棋に明け暮れた著者・大崎善生の人生も交錯。世代的に羽生世代のちょっと上の人たちで、革命的な戦術の変化についていけなかったという物哀しさもあり。
  • 文章がリリカルに走りすぎてくさいところはありますが、登場人物の尋常ではない挫折の深さにマッチしている気もしてくる。
  • なんといっても、古紙回収のタコ部屋まで身を持ち崩す主人公・成田英二の凋落には胸塞ぐものがあります。パチンコ屋に就職して北見で人妻と不倫というディテイルが迫真。夜逃げしても退会記念の柘植の彫駒を手放さず「将棋がね、今でも自分に自信を与えてくれているんだ」、「今でも将棋に感謝しているよ」、「(羽生善治と戦ったのが)なんていうか誇りだ」というのは、美しくもあり哀しくもあり。泣ける。
  • あとがきに「ちょっと考えたけど、森(信雄)さんのところに成田を引き取ってもらえないかなあ」「将棋教室の手伝いをしてくれたら助かるけどなあ」とありますが、どうなったんでしょうか。気になる。