川崎長太郎 「もぐら随筆」

もぐら随筆 (講談社文芸文庫)

  • 小田原の生家の物置小屋で暮らしながら抹香町の私娼窟へ通い、六十歳にして若い妻をめとったという最後の私小説家・川崎長太郎つげ義春つげ義春コレクション;紅い花/やなぎ屋主人」の早坂暁の解説で興味を持ちました。
  • 講談社文芸文庫で「抹香町/路傍」と「もぐら随筆」が入手可能だったので、購入してみました(「鳳仙花」は入手不可の模様)。一篇一篇が短い「もぐら随筆」から。
  • 紀行ものを集めた第2章「多賀の桜」は地味でやや退屈。第3章「『私小説』の半世紀」も殆ど興味のないジャンルなので今一つ楽しめなかったのですが、最後の「永井荷風」が、玉の井を出入りする永井荷風を追い回した挙げ句、「新聞紙上に、つくりごとだと作者が自称する『墨東奇譚』が出始めたのは、半年ばかりたってからであった」で締めるという珍しい記録で面白かった。
  • 「暗夜行路」のあらすじ解説も(読んだことがないからか)意外に面白かった。
  • なんといっても味わい深いのは自伝的な第1章「梅干しの唄」。トレードマークの「消える抹香町」や、「移り変りの記」の味わい深さは別格。「女郎屋の娼婦はマワシをとるが、私娼の方は夜の十二時から朝方までそれをしないきめ故、客が独占できる仕組みだし、ヤリテ婆や妓夫太郎等の小うるさい接待係も、『抹香町』にはいず、遊びも女郎屋より幾分安上がりだったせいであろう、水が低きにつく如く、客足は『新地』から私娼窟の側へ流れ、みすみす昔の刑場のあとへ、トタン屋根の家が数増す有様目にしながら、大勢は如何ともし難く、大東亜戦争になる直前、女郎屋は古い暖簾を誇った家も、比較的新店も、一そろいに戸を閉め、廃業してしまっていた」なんて、「五人廻し」や「付き馬」の世界が消滅していく様がありありと想起されて、たまりません。
  • 次は「抹香町/路傍」。