ゴーリキイ 「どん底」

どん底 (岩波文庫)

  • 映画「どん底」からのつながりで。古くて薄いとはいえ525円は安い。講談社文芸文庫にも見習って欲しい。
  • 捨吉が六兵衛を殺害するところから嘉平が消えてしまうのも原作通りなら、「ちぇっ・・・・・うたを台しにしちまやがった・・・・・馬鹿め!」というエンディングまでほぼ原作通りで、「第二幕及び第四幕で作中人物のうたう唄(明けても暮れても牢屋は暗い)」の馬鹿囃子への翻案を含め、かなり忠実に戯曲を再現していることが分かりました。以下登場人物の対照(一部推測)。
    • ミハイル・イワーノヴィッチ・コストゥイリョフ=木賃宿の亭主≒大家=六兵衛=中村雁治郎
    • ワシリーサ・カールポヴナ=木賃宿の亭主の妻≒大家の妻=お杉=山田五十鈴
    • ナターシャ=木賃宿の亭主の妻の妹≒大家の妻の実妹=かよ=香川京子
    • ワーシカ・ペーペル=泥棒=捨吉=三船敏郎
    • サーチン=賭博師=喜三郎=三井弘次
    • 男爵=自称元男爵≒自称元旗本=殿様=千秋実
    • 役者=役者=藤原釜足
    • ナースチャ=娼婦≒夜鷹=おせん=根岸明美
    • クワシニャー=肉饅頭売り≒飴売り=お滝=清川虹子
    • クレーシチ・アンドレイ・ミートリイチ=錠前屋≒鋳掛屋=留吉=東野英治郎
    • アンナ=錠前屋の妻≒鋳掛屋の妻=あさ=三好栄子
    • ブブノーフ=帽子屋≒桶屋=辰=田中春男
    • ルカ=巡礼≒遍路=嘉平=左卜全
    • クリヴォイ・ゾーブ=荷担ぎ人足≒駕籠かき=熊=渡辺篤
    • だったん人=荷担ぎ人足≒駕籠かき=津軽=藤田山
    • アリョーシカ=靴屋≒下駄の歯入れ=卯之吉=藤木悠
    • メドヴェージェフ=巡査≒番所の役人=無名=加藤武
  • ただし、一番確認したかった箇所である六兵衛と嘉平の意味深長な言い合いについては、「お前さんほどの大ネズミじゃねぇさ」や「どんな悪党でも誰かにゃあ好かれているもんだ」といった印象的な台詞は残念ながら原作には出てきません。
  • 「板寝床」とはベッドのことなんでしょうか。
  • 中村白葉の解説によると、ゴーリキイ本人も、「身みずからどん底生活をくぐった体験のある人」で、「まだ十歳にもならないうちから、家計を助けるために町のくず拾いとなり、間もなく家をはなれて靴屋の小僧を振りだしに、製図屋の徒弟、ウォルガがよいの船のコックの見習い、聖像絵師の下職、パン工場の職人、荷揚げ人足、番人、放浪者等々、わずか数年の間にじつに目まぐるしいばかりの境遇の転換を行った」とのこと。
  • 調べてみると、晩年も、共産主義を批判してイタリアに移住するも困窮、スターリンの求めに応じてロシアに帰還しレーニン勲章を受章、スターリンの粛正が始まると自宅軟禁・死亡(毒殺説あり)と、とても波瀾万丈です。
  • ルカに関する解説が非常に上手くまとまっています。曰く、「ルカは、本篇に登場する十指にあまる人物のことごとくがしっかりと大地に足をつけた現実的人物である中にあって、ひとりやや架空の人物めく感銘を与える存在である。これはいわば、ゴーリキイの嘘の哲学、夢の教理の説教者であって、この篇におけるゴーリキイの思想の代弁者である。このルカは、よく、ドストエフスキイの大作『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老と比較して論じられ、トルストイの大作『戦争と平和』のプラトン・カラターエフを思いださせる、近代ロシア文学中有数の創造的性格の一典型である。チェルカッシュのようなルンペン的超人の夢に破れたゴーリキイの、つぎに愛した偶像である。」
  • キャラクターの識別が困難なので映画を観ないで読み通すのは難しかっただろうと思いますが、映画とセットで読めば「くめどもつきぬ人生の味わい」という解説は容易に納得できるのではないかと思います。