三遊亭圓生 「三遊亭圓生名演集2:一人酒盛/三十石/蛙茶番」

六代目 三遊亭圓生 名演集 2 一人酒盛/三十石/蛙茶番

  • 「蛙茶番」は、あらすじで読んで気に入った噺の一つだったので、京須偕充の「六代目三遊亭圓生の丁寧な演出と格調」という評価を参考に本盤を購入。
  • 「一人酒盛」(1973年1月24日放送)は、「経緯をかいつまみ、結果に直進すれば十数分でもすむ噺を、六代目三遊亭圓生(1900〜1979)が四十分台の大ネタに培養発酵させた」もので、「いくらかアドリブ風な独白随談に多少の時事の話題を散らしつつ、酔態進行を克明に描写し、かつ留さんの心理の変化をききてに想像させていく。近代名人芸の一典型」とのこと。
  • 「ふつう、落語の場合だと二人、あるいはそれ以上のやりとりが入るが、この落語の場合、飲兵衛の一人しゃべりで、その間にわきでジリジリしながら待つ相手の男の心理を、間接描写しなくてはならない」ところが最大の特徴かと思いますが、目の前に呼びつけた友達がいるのに一人で飲んでしまう「一人酒盛」よりは、友達が使いにいっている間に我慢できずに飲んでしまう「猫の災難」の方がリアルな可笑しみがあるように感じます(サゲは「一人酒盛」の方が秀逸)。
  • 以下、分かった範囲でメモ。
    • 上げ板=床下に物などを入れるために、くぎ付けにしないで、自由に取り外しできるようにした床板。
    • 小手が利く=ちょっとしたことに器用である。小手先が利く。
    • 口は八丁、手は一丁=「口八丁、手八丁」をもじったもの。口は達者だが、手先は不器用。
    • 国民酒場=戦中から戦後にかけてできた公営の酒場で、配給の酒を飲むことのできた場所。
    • 「熱美味」≒初午=2月の最初の午の日。
    • 無官太夫おつもり=御積り(酒席で、その杯限りで終わりにすること。また、その杯)と無官太夫平敦盛をかけた駄洒落。
    • 玄関つきの洒落=羽織袴の洒落ともいう。堂々と照れも恥ずかしげもなくぶちかます駄洒落のこと。
    • 良い酒≒飯坂温泉福島県福島市飯坂町にある温泉。
  • 「三十石」(1976年5月16日。東宝名人会)は「長い旅の噺のフィナーレにあたる一席ではあるが、情景、場面のオムニバスで特定の主人公も、物語としてのストーリー構成もないに等しい。地理上の推移さえ乱さなければ、個々の件の伸縮、前後、取捨は自在である。またどこで終わっても良い」とのことで、ここでは時間の都合から、船上の謎かけを中心にまとめています。
  • 元は上方落語で、「東京にも名人・四代目橘家圓喬(1865〜1912)が持ち込み、五代目(1884〜1940)、六代目(1900〜79)三遊亭圓生の十八番として磨かれた」もの。「舟唄を織り込んで場面と情景に音楽的な流れをつくる構成手法では、東西を通じて圓生流が一番バランスの点ですぐれている」ものの「謎かけの中の長い作り話はあらずもがなのもの」とのことですが、「お絹さんという娘は、気立ても良し、まことに器量の良い娘でした」という唐突な語り出しから、ジワッと引き込んでおいて「とかけて何ととく?」という急展開まで、あの作り話の件は最高だと思うのですが。
  • 謎解きも「ほ」の字までくると「屁の上」がオートマティックに想起されてジワジワと可笑しいですが、「辛抱(心棒)しても住持(十字)にならねえ」という荒技が最高に可笑しかった。
  • 「登場人物はやたらと多く、それが江戸っ子、浪花っ子、京都っ子と、船中の乗客はとりどりで、それに広島弁の船頭まで加わるから、ウルトラC級の話術が要求されるむずかしい落語」とのことで、三遊亭圓生というと関西弁の流暢さに定評のあるところですが、こうして実際に聴いてみると意外に微妙です。
  • 以下、分かった範囲でメモ。
    • 入れ込み=多くの人を区別なくひと所に入れること。また、その場所。
    • 伏見人形=京都市伏見区で作られる素朴な土製の人形。奈良時代以前よりこの地に土着した土師部の埴輪や土器作りから発生したとされる。日本の土人形で最古の歴史をもつといわれ,各地の土人形の原型をなす。
    • 馬方船頭お乳の人=人の弱みにつけこんで、無理なねだりごとをする者をいった言葉。
    • 「沖の暗いのに白子が見える、あれは絹子のみかん箱」≒「沖の暗いのに白帆が見える、あれは紀の国みかん船」(かっぽれの歌詞)
  • 「蛙茶番」(1964年1月31日。東宝名人会)は、「いわゆるバレ噺」ですが、「古風な『天竺徳兵衛』の芝居が背景にあるのであまり下世話な感じになら」ず、「明朗で屈託のない筋立てだから、演者の扱い方ひとつで格別嫌味のない噺」。
  • 器官は露出しても行為は匂わせないのがポイントなのか、適度にライトな下ネタで客席もドドドッと受けています。「モノを見てくれ」、「目方がある」、「びっくりしちゃいけねえぜ」という台詞の一つ一つがやたらと可笑しい。
  • 以下、分かった範囲でメモ。
    • 浜路(はまじ)=「南総里見八犬伝」の登場人物。大塚蟇六・亀篠の養女で犬塚信乃の許嫁。許嫁の信乃を慕い、信乃の滸我への旅立ちの前夜には切々と想いを訴えた(「浜路くどき」と呼ばれる名場面)。
    • 大島 伯鶴(おおしまはっかく)=講釈師の名跡
    • 不破伴左衛門=歌舞伎「鞘当」の主人公。モデルは豊臣秀次 (1568〜95)に仕え、寵愛された尾張出身の小姓不破万作といわれている。芝居では名古屋山三郎と刀の鞘の触れ合いから争いになる「鞘当」の場面が有名。
    • 名古屋山三=出雲の阿国とともに歌舞伎の創始者とされる伝説的人物。蒲生氏郷の小姓で、のち浪人し美男のかぶき者として名高かった名越山三郎に擬される。
    • 十段目=歌舞伎「絵本太功記」の十段目「尼ヶ崎の段」。逆賊の汚名を着ることになった光秀が、誤って自らの手で母親を刺し殺してしまい、そこに戦場で深手を負った息子が戻ってきて、味方の敗北を伝え息絶えるという、悲壮感が追い打ちをかけるような名場面。歌舞伎では初演以後は専らこの十段目のみが上演されたるようになった。
    • 操=「絵本太功記」の主人公、武智光秀(史実の明智光秀)の妻。
    • 切り戸=一般には正門の横に設ける脇戸や、扉や戸などの大きな建具の一部に組み込んだ、潜って通る小さな戸。くぐり戸。
    • 勘平式≒観兵式。早野勘平は「中村仲蔵」にも登場していました(五段目)。
    • 「天竺徳兵衛」=歌舞伎狂言。天竺徳兵衛の見聞を題材に、徳兵衛を日本国転覆をねらう謀反人として脚色したもの。
    • 浅葱幕(あさぎまく)=歌舞伎劇で使われる幕の一種。日中の戸外を表現するもので浅葱すなわち水色の幕。ふつう開幕の際,引幕の後ろにこの幕を張り,天井からつった竹の栓の仕掛で適当な時機に切って落とし,舞台装置や俳優の姿を一瞬のうちに観客の目に映す効果をあげる。
    • 木頭(きがしら)=歌舞伎や人形浄瑠璃で、幕切れの台詞や動作のきまりに合わせて打つ拍子木の最初の音。
    • 赤松満祐=室町時代の播磨・美作・備前守護大名(1381〜1441年)。足利義持足利義教と2代に渡って将軍に反抗し、嘉吉元年(1441年)には義教を暗殺(嘉吉の乱)。その後は領地の播磨国へ逃れて足利義尊を新将軍に奉じて対立するが敗北、城山城にて切腹
    • 厚司(厚子)=平織りまたは綾織りの厚い木綿織物。紺無地または単純な縞柄。
    • 舞台番=舞台前面下手に半畳のスペースを占めて座り、客席が騒がしくなったら声をかけて鎮め、また芝居が沈滞気味の時には促しの声をかける役割。廃絶した歌舞伎の古式。
    • 油をかける=おだてる、調子のいいことを言ってその気にさせる。油を乗せる。
    • 足袋屋の看板=江戸期の看板は商品の形をしており、足袋屋には足袋の形の看板(片足分)があったことから。
    • 半畳=芝居見物で敷く茣蓙。気に入らないとこれを投げ入れる。
    • 首抜き=首から襟の前後にかけて大きな模様や紋を染め抜くこと。
    • 八丁居廻り=その場から八丁四方。
  • 井戸の茶碗」や「厩火事」等、江戸落語で気になっている演題もまだいくつかあったのですが、世の中の動きと歩調を合わせているのかいないのか、落語ブームが急速に終息しつつあります。