増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

  • 書店で平積みされていたエキセントリックなタイトルにキャッチされ、何気なく手に取ったら意外に深く引き込まれてしまい、2段組700頁超のヴォリュームに「他にも色々と読みたいものが…」としばし逡巡したものの結局購入。UWF直撃世代の宿業でしょうか。
  • 増田俊也自身が七帝柔道経験者で、お世辞にもバランス感や距離感に優れた記述とは言えないのですが、アンチプロレス、アンチ講道館に潔く偏った立場でなければできなかったであろう力業。
  • とはいえ、本人も認めているとおり、力道山戦以降の終盤はかなりヨレヨレで、家族愛もとい地下バーリトゥード大会優勝、というラストの腰砕け感は否めません。
  • 木村政彦の強さや破天荒さを語るときは絶好調なのですが、力道山戦後、筆致が急激に雑になっていく印象で、本作のコアとなるべき、後半生が本当に「長く苦しい」「煉獄の苦しみ」だったかどうかがあまり真に迫ってきません。岩釣兼生という愛弟子の育成にも成功し、天然型の天才として、割と屈託なく生きていたようにも思えます。
  • 牛島辰熊木村政彦木村政彦岩釣兼生の2枚のツーショット写真を1ページに収める意匠はややあざといながらも、写真そのものを虚心に見ているとやはり涙腺が緩みます。
  • アメリカのデンバーで第一回UFCが開かれ、優勝したホイス・グレイシーが『われわれグレイシー一族にとってマサヒコ・キムラは特別な存在です』と発言し、この偉大なる名前が世界中の格闘家たちに知られるようになるわずか七ヶ月前、木村政彦はひっそりと逝った」、「あと一年、たった一年長生きしていれば、木村さんはヒーローになっていたと思いますよ。格闘技雑誌に特集が組まれただろうし、格闘技イベントのテレビ解説者として引っぱりだこだったでしょう」(太田章)という側面ををラストでフィーチャーすれば、グッと余韻が残ったのではないかという気もします。
  • と後半の低調さに不満はやや残りますが、込められた情念の濃さに目眩がしました。レドモンド・オハンロンコンゴ・ジャーニー以来、久々に一気呵成に読み通す面白さでした。