- ちょっと前から書店で気になっていたのですが、しぶとく店頭に居残っているのは良作の証拠かと思いようよう購入。
- 読んだことはありませんが、ノンフィクションが本業ではなく、有名な小説家のよう(「永遠の0」等)。
- 各省の扉で引用されている言葉のチョイスが素晴らしいです。曰く、
- 「ヨシオ、君はこの試合に勝利することで、敗戦で失われた日本人の自信と気力を呼び戻すのだ」(アルビン・ロバー・カーン)
- 「俺は素質のある方じゃなかった。だから人の二倍三倍やらないとダメだったんだ」(ファイティング原田)
- 「自分で決断したことです。男として後悔したことは一度もありません」(矢尾板貞雄)
- 「海老原、左が折れても、右でやります。死ぬまでやる」(エディ・タウンゼント)
- 「努力はかならず報われる。練習は裏切らない。そのことを証明するためにも、何が何でも勝ちたかった」(ファイティング原田)
- 「俺は一度もノックアウトされたことがない。だからストップはしないでくれ。これが俺の最後の試合だ」(バーニー・ロス)
- 「タイトルを失うことは、銅貨を一枚失うのとは違う」(エデル・ジョフレ)
- 「調子は良かった。作戦の誤りもなかった。自らの力を出し切った」(ジョー・メデル)
- 「他のことはいつでもできる。でも、ボクシングは今しかできない。それに世界チャンピオンとリングで戦える人生なんて、他に比べることができないじゃないか」(ファイティング原田)
- ボクシングの基本的な歴史ついても、日本ボクシング史についても、基本的な知識がなかったので、これは本当に面白く読みました。特に印象深かったエピソードは以下。
- 「アルビン・ロバー・カーンはおそらくホモセクシャルな嗜好の持ち主で、白井に対しそれに近い愛情を持っていたといわれる」
- 「カーンは晩年、重い認知症を患うが、白井と登志子は献身的にカーンに尽くし(中略)最期を看取った」
- 「しなやかにロープを跳ぶ少年の動きを見た金平(正紀)は、何と即座にトンカツ屋をたたみ、ボクシングジムを作った。この少年こそ、後に世界フライ級のタイトルを二度にわたって獲得した海老原博幸だった」
- 「『黄金のバンタム』という言葉は、実はエデル・ジョフレ個人に与えられた称号」
- 「かつてモハメド・アリはこう言った。『死に物狂いの練習に耐え抜いてきた者こそが、厳しい互角の勝負において、心の底まで降りて行って、勝利に必要な一オンスの勇気を持ってくることができる』」
- 「原田は二十七歳で引退するまで童貞だった」
- 「ヘビー級史上最強の声もあるマイク・タイソンが若い頃、ファイティング原田のビデオを繰り返し見て、原田の戦法を真似たのは有名だ」
- 引退後の原田とジョフレのエピソードも心楽しくて素敵です(「あの時、ブラジルに行ってたら、ジョフレに殺されちゃってたよ」)。
- 解説で「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」の増田俊也が述べているとおり、「百田さんが同志社大学時代にボクシング部に籍を置いたボクサーだった」ことがポイントでしょう。愛情と知識に裏打ちされながら、あくまでバランス良くまとまっていて、良作だと思います。
- 肝心のファイティング原田という人に肉迫できていないのはやや物足りなく、傑作とまでは言い切れないところ。