上田文世 「笑わせて笑わせて桂枝雀」

笑わせて笑わせて桂枝雀

  • 桂枝雀の評伝。元々が新聞連載なので読み応えの点では不満が残りますが、「萬事気嫌よく」の色紙や枝雀六十番の直筆の演目表など、写真資料が多いのが素晴らしい。
  • 「代書」の「門のところに大きな桜の木がビヤーッとありましてね、春になったらピャッピャッピャッピャーッと満開ですわ」というイメージの源泉は枝雀の母校(倉吉市の明倫小学校)だったとは。
  • 「どうしたら皆さんが楽しくなるか、そのことを考えることが、あまりにきつすぎて私は、高座に上がっていない時はほとんど、顔のシワを縦に寄せて、いろいろと考えていたわけです。楽しいことを、楽しくない姿勢で考えていたのです。この間違いに気づきまして、もうこれからは、何でもいいからウキウキしていようと、開いた顔でいる時間を多く持とうと、考えたわけです。いわば、笑いの仮面をかぶると言いますか、仮面を何十年もかぶり続ければ、仮面が顔か、顔が仮面かとなります。それ以来ずっと、笑いの仮面をかぶり続けているつもりです。」、「うちに倅が二人います。この間『どう、お父さんの仮面、だいぶ、身についてきたでしょう』って言うたら、下の方の倅から『うん、かなり良くなりましたね。でも、チラチラ素顔が見えますよ』って言われまして、もう少し、修業しなければならないと、思ったんです」というのが非常に切ない。
  • 東梅田の酒舗「呉春」ってまだあるんでしょうか。関西に転勤になったら行ってみたい。
  • A「おっちゃん、そこ、のいてんか。ボク寒いがな。陰になって」、B「アレッ、この犬、今もの言うたんとちゃうか。そんなことないわなあ。犬はもの言えへんわな」、A「おっちゃん、そこ、のいてっちゅうのに。陰になって寒いがな」、B「エーッ、この犬、もの言うてる」、C「お父ちゃん、さっきから何ワンワン言うてるのん?」というSRは後の演目「猫」の元ネタでしょうか。
  • 知的で鋭角的と称される小米時代の音源が聴いてみたいのですが、どこかで入手できないものか。
  • 「ざぶとんに足をかけておりさえすれば落語」というのは凄みのある発言。
  • 「お弟子さんが語る師匠との思い出の数々」が良いです。南光の「覚えたネタを師匠の前でやって笑われた時、最初は不思議でしたね。何か別のことで笑ろてはるのかなあと。ところが師匠は、面白いと素直に笑ろうてはるんです」という思い出も、紅雀が語る「噺家とは羊飼いだよと教えていただきました。『人によって扱える羊の匹数がある。たまたま僕は六十だったけど、君はどれだけ飼えるか分からないから、とりあえず五匹をそばにいさせなさい』と言われました」というエピソードも実に良い感じ。
  • 表紙もそうですが、高座の写真を見ていると、この人はCDよりもDVDで観た方が良いかもしれないという気になります。特に「かぜうどん」。写真を見ているだけで笑える。