Various Artists 「The Story of the Pre-War Blues」

戦前ブルースのすべて 大全4CD

  • 戦前ブルースはアーティスト単位で聴くよりはオムニバス形式で聴く方が断然楽しい(戦前に限った話でもありませんが)ので、良いコンピレーションがあれば購入したい気持ちはずっとありましたが、実際に本盤の購入に至ったのは「RCAブルースの古典」と収録曲目が被らないのが決め手でした。
  • と、飛び付くように購入したにも関わらず、中山義雄による充実したブックレット(92ページ。全曲歌詞付)に満を持して対峙しようと機を伺っているうちに1年が経過してしまいました。いつまでも構えていないで聴くことにします。
  • ディスク1は「ウェイ・ダウン・サウス−ハラー、ゴスペル&アーリー・ブルース」ということで、ややアカデミックな雰囲気もありますが、ブラインド・ゲイリー「ユー・ガット・トゥー・ゴー・ダウン」とキング・ソロモン・ヒル「ザ・ゴーン・デッド・トレイン」辺りが格好良かった他、ワイルドなF.W.マギー牧師「フィフテイ・マイルズ・オブ・エルボウ・ルーム」やカルテット・スタイルのバーミングハム・ジュビリー・シンガーズ「ヒー・トゥック・マイ・シンズ・アウェイ」 等、ゴスペルに意外な良さが感じられました。
  • ディスク2は「T・フォー・テキサス、T・フォー・テネシー−テキサス&メンフィス・カントリー・ブルース」ということで、いよいよこの辺りから戦前ブルースのコア・エリアに突入という感じ。
  • ヘンリー・トーマスのクウィルという楽器もなかなか可愛い音を出していますが、ワシントン・フィリップスのダルセオラという楽器がいわゆるブルースというイメージとは程遠い非常にチャーミングな音色で、良い感じだなぁとメロウに和んでいると直後に飛び出すブラインド・ウィリー・ジョンソン。心臓が止まりそうです。
  • テキサス・アレキサンダーの紹介文(「彼はギターもピアノも弾きはしない。ただ歌うだけなのである。地の底から響いてくるような声で、自分の身に降りかかったタフ・ラックを唸ったのだ」、「残されたのは心霊写真のような不明瞭な写真一枚きりだが、彼の声には何故かそれが相応しい」、「忘れていた、アルジャー・アレキサンダーが妻の首を斧で切り落としたのは、テキサスのパリスという街なのである」等)が素晴らしくて、興味を持った(「朝日のあたる家」のオリジナルもこの人らしい)が、文章から受ける印象と声の間に微妙な違和感を感じました。
  • ディスク3はいよいよ「ザ・デルタ−ブルース・フロム・ミシシッピ」。まさに本丸、一番コッテリしたところ。チャーリー・パットン、ブッカ・ホワイト、サン・ハウスロバート・ジョンソン等々のビッグ・ネームがズラリと並びますが、その分逆に目新しさという点では物足りなさが残ります。
  • そんな中、有り難いのは、ロバート・ペットウェイ「ドント・ゴー・ダウン・ベイビー」、トミー・マクレナン「コットン・パッチ・ブルース」、ロバート・ロックウッド「リトル・ボーイ・ブルー」のラスト3連発。特にトミー・マクレナンは相変わらず張り裂けんばかりの激烈なシャウトが格好良くて延髄がビリビリと痺れます。
  • ディスク4は「エニー・プレイス・バット・ヒア−シティー・ブルース、ホーカム、ジャイブ&オール・ザット・ジャズ」。今ひとつ掴み所のないディスクですが、リロイ・カー、ブラインド・ブレイク、マ・レイニー、ロニー・ジョンソン、ビッグ・メイシオといったシティー・ブルース勢が中心。ステイト・ストリート・スウィンガーズやザ・キャッツ&ザ・フィドル等のジャズ的なメンバーもチラホラ。
  • パイントップ・スミスは1929年に死亡と書いてありますが、ブルース・ムーヴィー・プロジェクトで元気にピアノを弾いている姿を見たような気がして調べてみると、同じパイントップでもパーキンスの方でした(この「パイントップズ・ブギウギ」を良く弾いていたからパイントップと呼ばれたそうです)。
  • ロニー・ジョンスンは相変わらず完璧なテクニックで、「こんなのも出来るんだ」という感じ。多芸さにおいて戦前ブルースで一人だけ別次元だと思います(「デューク・エリントンからテキサス・アレキサンダーまで一緒に演奏出来る人物など、ロニー・ジョンスンの他に誰がいるだろうか」)。
  • 以上、やはり戦前ブルース(とその周辺)は多様・豊饒で、あざとさがないので聴き飽きるということがありません。10枚組ぐらいのヴォリュームがあっても良かった。ドキュメント辺りで良いセットがないものでしょうか。