半藤一利 「荷風さんの戦後」

荷風さんの戦後 (ちくま文庫)

  • NHK−BSで見た「食は文学にあり−荷風と谷崎・終戦前夜の晩餐」の再放送が中々興味深く、春先に購入しておいた本書に手が伸びました。
  • 同番組のことも、冒頭でしっかりと触れられています(そもそも半藤一利も出演して嵐山光三郎と小野旅館ですき焼きを食べていました)。
  • 戦前は雁皮紙、戦後は大学ノートに書かれた「断腸亭日乗」の現物の映像を見ると、やはり読書していてもドライヴ感が段違いです。
  • 番組では感動的に演出されていた永井荷風谷崎潤一郎の交流(「感涙禁じがたし」)ですが、本書では割とクールな見方で、谷崎のつれない対応が強調されています(「現実主義者の谷崎氏は哀れな先輩にたいして突如として、少々つれなくなったのではあるまいか」)。
  • 「それにしても、当時、この全集で四巻にわたる『日乗』を、一巻一巻買い求めて、ユルユルと読みつぎつつ、荷風さんの文学者としての時流に流されぬ堅固な姿勢と、日記を書きつづけるゆるぎない筆力と、流暢な、あまりの名文に、それはもう何百度となく舌を巻いた。そして芯から中公さんに感謝したものであった」というだけあって、「荷風さん」という呼称に象徴されるカジュアルな文体の背後にある思い入れの質量が窺われ、戦後の永井荷風を肯定的に捉える視点の優しさに泣けてきます。
  • 「そういうことになると、生きるたのしみというものは何ですかね?」〜「もう何もありゃしませんよ。毎日一回浅草まで飯を食いに出て、早く帰ってきて日記を付けてしまえば一日の終わりです・・・・・」という枯れ具合が格好良いです。「正午浅草」の境地。
  • 傍から見て不格好に老いたって良いんだなという気になり、歳を取るのが怖くなくなります。後半生のモデルにしたい。
  • 「葉ざくらや人に知られぬ昼遊び」というのは何とも荷風らしい名句。
  • 市川をフラフラと散策してみたくなります。近藤富枝荷風流東京ひとり歩き」などという書籍もあるようです。