小西康陽 「僕は散歩と雑学が好きだった。小西康陽のコラム1993−2008」

ぼくは散歩と雑学が好きだった。 小西康陽のコラム1993-2008

  • 「ステンカラーのコートについて」が、短い文章ながらも、ステンカラー・コートを購入したところから意外な展開をみせて泣けます(「このような無為な時間は若い一時期にしか持つことが出来ない、ということに、人はずっと年老いてから気付く。じつはこの無為な時間こそ、とても貴重な宝物だったのだ」)。
  • キース・リチャーズに敬礼」というタイトルにも関わらず、フライト中のカトラリーやホテル室内のグラス等のコレクションの紹介から始まって、「ひと目惚れしたら、躊躇しない。コレに尽きる。女性に対しても同じである」とパクり方のコツを伝授、そして最後の最後に予想外の角度から飛び出すキース・リチャーズのエピソード。至芸。爆笑。
  • デューク・エリントンカウント・ベイシー「ファースト・タイム!」は「マーシャル・マクルーハン広告代理店。ディスクガイド200枚。小西康陽。」では選出されていませんでしたが、「右のスピーカーからはエリントンの、左のスピーカーからはベイシーのバンドが演奏を聴かせる。という馬鹿馬鹿しい企画盤だったが、まるでスタジアムでワールドシリーズを見ているような、豪快なサウンドが大好きで、友達が来てビールかなんか飲み始めると、出来上がった頃にはいつもそのレコードをかけて、そして何か下らないことを言っては大笑いしていたような気がする」という紹介には胸騒ぎを抑えきれません。
  • DJは落語家の高座のようなものと思っていたが最近は寿司屋に似ていると思っている(レコード・ショップ=魚屋)というのは面白いなぁ、しかし1ヶ月に150〜250枚もレコードを購入するっちゅうのは商売とはいえ凄えなぁ、やたら買ってんなぁと思いつつ漫然と日記を読み進めていると、落とし穴のように緊急手術(くも膜下出血)のエピソードが出てきてヒヤッとします。
  • 「そしていま、真夜中にレコードを聴いていると、自分の老後はもう始まっているのかもしれない、と思う。一日中、小さな音でレコードを聴く生活。読書をして、何か食べて、倹約する生活。美しい音楽を聴いて、想い出に生きて、ときどき涙を流したりする生活」という日記の最後の一文には胸が締め付けられるような切なさが溢れます。
  • 人と食事をするのが嫌い、同じ店でばかり食事をする、レコードは好きだけどコンサートには行かない、といった辺りには激しくシンパシーを感じますが、家でジッとしているのは意外と嫌いな様子。リアル都会っ子は行動パターンが違います。
  • 意外にペシミスティックなトーンが通底していて、予想していたほどハッピーでもスウィンギーでもありませんでしたが、読んで良かった。面白かった。
  • 「これは恋ではない」も読みたいのですが絶版の模様。「冒頭の娘の写真は、ちょうど家出する時に持ってった、何枚かの写真のうちの一枚。そして、これ(本の裏表紙に描かれた横顔のシルエットを指して)は長谷部さんと駆け落ちしてヨーロッパに行った時に、コペンハーゲンチボリ公園で似顔絵師の方がつくってくれた切り絵。離婚調停中は、都内のホテルに泊まって、この本のゲラに赤ペンでチェックを入れてた。印税もそのせいでみんな飛んでいったけど(笑)。だから思い出の本です」などと語られると尚更。書店で見かけたら確保したい。
  • 植草甚一はずっと敬遠してきましたが、「ワンダー植草・甚一ランド」でも読んでみようかという気になってきました。
  • NHK−FMで放送された小西康陽「これからの人生」を聞きそびれました。無念。