- 「桂米朝上方落語大全集第四期」、第三十四集は「池田の猪買い(1975年1月3日。大阪サンケイホール)」、「馬の田楽(1974年10月9日。大阪朝日生命ホール)」、「べかこ(1972年10月9日。大阪朝日生命ホール)」の3つ。
- 「池田の猪買い」は「上方落語のいわゆる旅ネタ−の中の『北の旅』」。「旅ネタとは何か」に関する根源的、体系的な説明を目にしたことがありませんが、一体何なのでしょう。桂米朝の解説によりますと、「このネタは五代目松鶴氏に教えてもらったのですが、この録音はその原型にほぼ忠実に、古風なままにやったもの」とのこと。
- 男と甚兵衛の頓珍漢な会話からなる第1部、男が道を尋ねて通行人を困らせる第2部、六太夫と男との猪狩りからサゲになる第3部構成。「旅ネタというのは、時間をもたすためか、下らないギャグでも何でもほりこんでダラダラと長いものです」とのことですが、確かに「問うは豆腐屋の恥で、問わなんだら松茸屋の恥」、「とっくり(徳利)と見なんだが、身の(簑)一生(一升)の過ち」といったクスグリが延々と続く印象で、もうすこしメリハリが欲しい感じ。
- それでもマムシが人を襲うようになったというマクラや、「ちょっとお尋ねします」「なんやいな、ちょいちょい」のやりとり、「ん〜」のテンドンはとても可笑しい。
- 以下分かった範囲でメモ。
- 「馬の田楽」はNHK「日本の話芸」で柳家小三治がやっているのを見たことがありますが、京須偕充によると「三代目柳家小さん(1857〜1930)が上方から東京へ移した噺だという。五代目古今亭今輔(1898〜1976)、柳家小さん、柳家小三治へと受け継がれた。小三治の描き上げる量感の豊かな田園戯画は、現代落語の特級品のひとつである」とのこと。
- 「この落語、前半は子供等の描写がむつかしくて、後半は酔漢とのやりとりに腕が要ります。つまり、ギャグの強さ、笑いの大きさ、という点で、サゲ前がいささか尻すぼみになるのがつらいです」とのことですが、終盤の、耳が遠い人との乳母の会話(「馬を尋ねてんねん」「おお、訪ねたってくれるか」)や、「世の中進んだなあ」「馬が馬子連れずに用事しよるわ、えらいもんじゃ」の件は可笑しい。
- 「馬に止動の誤りあり」とだけ触れられていますが、その後に「狐に乾坤の誤りあり」と続くこともあるそうです。
- 以下分かった範囲でメモ。
- 「べかこ」は、「落語家が御難をするはなしなので、昔からこんなネタをやっていると売れなくなるといって、演る人も少なかったそうです。そのためか縁者が絶えていたのですが、私は『愛宕山』と同様、文の家かしく師にあらまし教わり、雑誌『上方ばなし』に速記が残っていたので、やっと復活し」たもので、「何ともバカバカしいおはなしを、実に物々しくやってのけるという、考え方によっては極めて落語らしい落語とも言えましょう」とのこと。
- 「おしまいの述懐のセリフのところにはいるのは『鳥の声』、立廻りの時に使われる下座歌は地唄の『鉄輪』の一部です。かしく師は舞踊の名手でしたから、ここでいろいろに動いて見せて下さいましたが、私にはとてもやれませんし、またはなし家が武士多勢を相手に大立廻りをやるのもおかしいと思いまして、ここは逃げたやり方にしています」とのことですが、「こうやったら芝居でんのやけど、実際は噺家がそないうまい事、立ち廻りが出来るわけはないので、堪忍しとおくなはれ、堪忍しておくなはれと逃げ廻っている。これがほんまのとこですねん」のところで客席はかなり受けています。
- 「孟嘗君の、函谷関のという中国の故事も、義太夫や歌舞伎の盛んであった時代、菅原伝授の東天紅の段等の影響で案外知られていたのかも知れません」とはいえいかにも古いのですが、「何にしても古風な味が心情のはなしですから、いじくらずにこれはこのまま伝えるべきもの」だそうで、古色豊かな雰囲気を楽しむものなのでしょう。
- 以下分かった範囲でメモ。
- 屈竟(くっきょう)=たいへん好都合なこと。
- ぼろ口=うまみのある、はなはだ有利な、口銭の多いなどの意。襤褸(ボロ)を売って儲けるところから。
- 法眼(ほうげん)=中世以後、僧に準じて医師・絵師・仏師・連歌師などに与えられた称号。古法眼(こほうげん)=父子ともに法眼の位を授けられている時、その父の方をいう称。特に、御用絵師狩野元信(1434〜1530)の通称。
- べかこ=あかんべ。べっかんこう。
- 鶏鳴狗盗(けいめいくとう)=(斉の孟嘗君、狗のように物を盗む者や鶏の鳴きまねの上手な者を食客としていたおかげで難を逃れたという故事から)ものまねやこそどろのようなくだらない技能の持主、また、くだらない技能でも役に立つことがあるたとえ。
- 東天紅=(東の空が紅くなったのを知らせる意をこめた当て字)暁に鶏の鳴く声
- 今一つ盛り上がらなかった第三十四集ですが、次集、第三十五集は「天狗さばき」、「近江八景」、「牛の丸薬」。