アーヴィング・ストーン 「馬に乗った水夫−ジャック・ロンドン、創作と冒険と革命」

馬に乗った水夫―ジャック・ロンドン、創作と冒険と革命 (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

  • ジョン・クラカワー「荒野へ」、映画「北国の帝王」、村上春樹「雑文集」とジャック・ロンドンに関連したもの(あるいは想起させるもの)が続いたため、我慢しきれずに、村上春樹が「ロンドンの波瀾万丈の生涯を要領よく、スリリングにまとめた読み物で、飽きずに読める」と紹介していた伝記をチョイス。
  • アプトン・シンクレア「ジャングル」が本書内で言及されていますが、エルジェ「タンタン・アメリカへ」に食肉工場のシーケンスが登場するのも同書の影響だったはずで、意外なところでジャック・ロンドンとエルジェの同時代性が浮かび上がります。
  • 晩年の写真を見ると太っているのは事実ですが、私生児としての出生からカキの密漁・取締り、ホーボー生活、アラスカ探検と、二十歳過ぎに作家として世に出るまでの経歴はとんでもなく波瀾万丈で、「ロンドン自身が北極地方で冬を過ごしたのは一回だけであり、四十歳のときには、カリフォルニアの私有地で自殺しているのだ。太った哀れをさそう愚鈍な飲兵衛でもあり、書物で主張していた理想からはほど遠い活動的でない生活をつづけてもいた」というジョン・クラカワーの記述はあまり公正ではないように思います。
  • 経済的な無計画性や性的な放埒といったネガティヴな側面もあったようですが、人としてのヴァイタリティーというかインテンシティーの桁が違う感じで、クリストファー・マッカンドレスが心酔する気持ちが良く分かりました。
  • 件の村上春樹「雑文集」に収録されていた「ジャック・ロンドンの入れ歯」で、「ストーンの『馬に乗った水夫』を読んでとても感心した箇所がひとつあった」として紹介される入れ歯のエピソードが見当たらないと思いつつ読み進めていたのですが、最終章「燃え尽きた炎」にちゃんと出てきました。
  • 大矢健のあとがき「熱狂の唯物論が辿りついたところ」が勉強になります。本書が「やや強引な解釈(とりわけ実父チェイニー譲りの性質という遺伝的説明)とセンセーショナルな語り口で、ロンドンの専門家からはあまり評判がよくない」という事実を紹介する姿勢も信頼できます。
  • 更には、村上春樹の小説の中でもジャック・ロンドンの伝記がでてきた記憶があったのですが、それが「ダンス・ダンス・ダンス」であることも判明(「札幌までの列車の中で、僕は三十分ほど眠り、函館の駅近くの書店で買ったジャック・ロンドンの伝記を読んだ。ジャック・ロンドンの波瀾万丈の生涯に比べれば、僕の人生なんて樫の木のてっぺんのほらで胡桃を枕にうとうと春を待っているリスみたいに平穏そのものに見えた。少なくとも一時的にはそういう気がした。伝記というのはそういうものなのだ。いったい何処の誰が平和にこともなく生きて死んでいった川崎市立図書館員の伝記を読むだろう?要するに我々は代償行為を求めているのだ」)。
  • とても面白く読みましたが、ジャック・ロンドンの小説を読もうという気にはあまりならなりませんでしたが、「ストーンの伝記がゆえに、『残した作品よりも作家としての生き様が興味を引いてしまう』(A・ケイジン)とまで言われている」らしいのでそれもしょうがないのかもしれません。柴田元幸翻訳叢書「火を熾す」が文庫化されていれば購入するところなのですが。